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正月の定番曲っていったら、「春の海」。
あの、眠〜くなる曲調の。
テレビを回せばCMごとに流れ出して、はっきり言ってウザイ。
そして今、私がいるこの店でも、やっぱり定番のこの曲が流れていた。
「いらっしゃいませー」
年明け早々レジに立ってる私。
まったく、虚しいったらありゃしない。
買いものに来る客は、家族連れだったり、……カップルだったり。
家でおせちでも食べてじっとしてろっていうのよ。
なんてことを思いつつ、顔は満面の笑みを浮かべながら心は怒りで満ち満ちていた。
店の中はお客でいっぱい。
そんな中、また来客を告げる音と共に自動ドアが開いた。
あ……。
中に入ってきたのは、見間違えるはずもない。
クラスメイトの忍足侑士だった。
隣には、真っ赤な布地に綺麗な刺繍が沢山施してある、高そうな着物に包まれている人。
仲良く腕を組んで、私になんか気付きもしないほど二人だけの世界に行ってるって感じ。
忍足のあんな顔、はじめて見たわ。
彼女らしき人がトイレに入っていった。
着物のままトイレに入って、無事に出てこれるのかしらね。
ま、私にはどうでもいいことだけど。
残された忍足がレジの方に歩いてきた。
まだ、私には気付いていない。
缶ウォーマーに入っているブラックコーヒーと、ミルクティを手にした。
そのまま真っ直ぐにレジのほうに来る。
私はわざと、目線を合わせないようにして言った。
「お待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」
忍足はちらっと隣に並んでいる客を見て、私のいるレジの方に来た。
「いらっしゃいませ」
置かれたコーヒーとミルクティーのバーコードをスキャンする。
「百二十円が一点、百三十円が一点で、お会計二百五十円になります」
これだけ喋ってても忍足はまだ気付かない。
なんか、虚しくなってきた。
「あ、細かいのがないわ。すまんけどこれから頼むわ」
言って、一万円札を差し出した。
出された金額を打ち込んで、出てきた金額を忍足に渡す。
「お先に大きい方、九千円のお返しになります」
綺麗な手が、私に向けられた。
「残り、七百五十円のお返しになります」
レシートの上に小銭を置いて、忍足の手のひらに置いた。
「おおきに」
そう言って財布の中にそれをしまうと、袋に入った飲みものを手にした。
まだ、気付かない。
……忍足の、バカ。
「ありがとうございました」
震えそうになる声を押さえて、背を向けようとしている忍足に言った。
でもやっぱり、彼は私のことなんて気付いてくれなかった。
しょせん、その程度。
用があれば話すだけのクラスメイト。
それ以上でも、それ以下でもない。
意識してるのは私だけ。
こんなに目の前にいるのに気づかないくらい、私の印象って薄いのだろうか。
けど、こんなことでいちいち落ち込んでなんていられない。
後には、他のお客さんも並んでいるからだ。
大きく一つ、深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「お待ちのお客様、どうぞ」
私の気持ちなんて知る由もない家族客が、かごいっぱいの品物を置いた。
そっちに意識を奪われている間に、忍足たちは出てってしまったらしい。
……忍足の、アホ。
元旦だろうが三が日だろうが、私みたいな暇人には関係なくて。
初詣に行こうと友達からメールも来たけれど、あんな人込みの中にわざわざ自分から出向くなんて、絶対に嫌。
今日はお昼からのバイトで。
定時に上がった私は、店のドアから外に出た。
相変わらず今日も寒い。
マフラーをぐるぐると巻いて、少しでも寒さをしのいだ。
歩き慣れた道を、ひとり、歩く。
周りはやっぱり初詣に出かけた人でいっぱいだった。
綺麗な着物……。
行き交う人たちは皆幸せそうだ。
こんなとき、自分の虚しさを改めて実感してしまう。
忍足に、逢いたいな。
めずらしくそんな女の子らしい思いを浮かべてみたとき、目の前に忍足が現れた。
……馬鹿かも、私。
ついに幻影まで見えてきちゃったわけ?
「はぁ……」
自嘲的にため息が漏れた。
すると、
「やん。なにしてん? こんなところで」
あの、関西弁が聞えた。
ついに幻聴まで……。重症かも、私。
俯いて足早にその場を去ろうとした。
早く家帰ってこたつにでも入ろ。
そしたら今度は、後から肩を掴まれた。
「なんや、無視することないやろ」
振り向いたら、そこにはあの忍足がいて。
びっくりして一瞬声が出なかった。
「……やんな?」
少し眉を寄せて確認するように私の顔を覗き込んだ。
「あ……忍足」
視線を泳がせて、私は一歩忍足から離れた。
そうでもしないと、自分の中の衝動が押さえきれない。
「なにしてん?」
ズボンの両ポケットに手を入れて、忍足は少し笑って私に問いかけた。
「バイト帰り」
「バイト? この辺なん?」
「そう。すぐ近く」
「なんのバイトやってるん?」
ごく普通に会話の流れでこんなことを聞いてきた。
そこよ、そこ。
目の前のコンビニ。
昨日、彼女と来たでしょ。
そう言いたかったけれど私はわざとこう言った。
「秘密」
「なんや、それ」
可笑しそうにそう言うと、忍足は黙ってしまった。
こんな少しの沈黙にも、私は耐えられそうもない。
「じゃ、私帰るから」
踵を返して、忍足に背を向けた。
だって、ここで二人で話してても辛くなるだけだ。
返事を聞くまでもなく、私は歩き出した。
ポケットに入ったカイロだけが暖かい。
身も心も、新年早々ダメージ受けすぎたわ。
「!」
また、幻聴が聞えた。
呼んで欲しいと思ったときに都合よく聞えてくるこの声。
すごく……辛い。
目の奥が熱くなるのを感じて、数回、瞬きをした。
「っ」
今度は、私のすぐ横から。
隣を見ると、少し呼吸を乱した忍足が立っていた。
「お前、耳遠いわ。何回呼んでも返事せえへんし」
「…………」
「なぁ、初詣もう行ったか?」
信じられない言葉を耳にした。
なんで、そんなこと聞くの?
「もし行ってないんやったら、これから行かへん?」
……私を、誘ってるの?
想像すらしてなかった忍足の言葉に、私は返事を窮した。
行って、どうする。
束の間の甘い時間に身を委ねたって、現実は辛いだけ。
そのときはいいかもしれない。
けど、過ぎた時間に思いを寄せるだけなんて、私にはできない。
「悪いけど……人込みって苦手だから」
プライドが、邪魔をした。
きっと、本当の私は行きたいに違いない。
きっと、一緒に肩を並べて歩きたいはず。
けれど、彼女がいる人とそんなことしたって、不毛なだけだ。
惨めな気分になるくらいなら、最初から行かないほうがいいんだ。
心が、張り裂けそうだった。
「そう言うと思ったわ。のことやし」
と同時に私の腕を掴むと、強引に引っ張って歩き出した。
「ち……ちょっと、忍足っ!」
「ま、ええから」
人を掻き分け通りを真っ直ぐに進んでいき、小さな路地に入っていった。
見知った土地なはずなのに、忍足が手を引いて連れて行く道は見たことのないところだった。
十数段階段を登り、見えてきたのは赤い鳥居。
そこは、はじめて見る神社だった。
「人嫌いなには、こういうところがちょうどええわ」
確かに、誰もいなかった。
私と、忍足以外。
なおも腕を引っ張られて、賽銭箱の前に連れて来られた。
「なんかしら、願かけくらいしとき」
隣に並んでから、ようやく手を離してくれた忍足を見て言った。
「……忍足って、信心深いわけ?」
「あほ。年に一回くらい、神さんに願いごとしたってバチあたらんやろ。それだけや」
そう言うと、そっぽを向いてしまう。
わざわざ連れて来て貰ったわけだし、私は百円を取り出すと賽銭箱に投げ入れて、縄をジャラジャラと鳴らす。
【忍足の……】
そこまで願って、私は止めた。
チラッと横を見ると、忍足もなにかを願かけしているみたいだった。
一歩下がって、その姿を私は静かに見つめていた。
しばらくすると、忍足は両目を開いて隣にいない私に気付いた。
「?」
「うしろ」
ポケットに手を入れたまま、私はそっけなく言った。
「なんや、ちゃんと頼みごとしたんか?」
「まぁ、ね」
「なに、頼んだん?」
「……秘密」
言えるわけないじゃない。人の不幸を願うような頼みごとなんて。
それこそ、バチが当たる。
そう呟いたっきり黙りこんでしまった私の前に、腕を組んで忍足が立った。
「俺は、のほんな無口なところも好きやけど、もうちょっと素直になった方が他の男の人気も上がると思うねん」
「なに、それ」
「そやから、俺が替わりに頼んどいてやったわ」
無神経。
鈍感。
私の気持ちなんて、これっぽっちも分かっちゃいない。
でも、ここで怒るわけにもいかない。
「……………………ありがとっ」
引き攣る笑顔を忍足に向けると、彼は満足したように笑った。
「礼言われるのも、困るんやけどな」
本当に、ここまで鈍い男も珍しいと思う。
たったそれだけのためにこの寒い中、こんな神社くんだりまで連れてきて。
もう帰ろうかと思ったとき、忍足の携帯が音を立てた。
「悪い、ちょお待ってや」
横を向いて話し出す忍足は、すごく楽しそうに微笑んでいる。
「なんや、優華」
……【ゆうか】って、誰よ。
まるで私のことなんて見えてないみたいに、話に意識を取られている。
一分、二分……忍足は、ちっとも話を終えそうにない。
忍足が話を終えるまで、待っている。
この場から、立去る。
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