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「ん? 跡部なら家に居るんちゃう?」
電話の相手に、忍足は跡部くんの居場所を教えてるみたいだった。
彼女……とは違うのか。
「あぁ、ほなな」
背を向けていた忍足が、済まなさそうに笑顔を零して私の前に戻ってきた。
「済まんかったな、待たせてもうて」
「……別にいいけど」
階段の上にある鳥居に寄りかかってる私に、忍足は一つの小箱を差し出した。
……?
「なに?」
小さな淡い水色のラッピングに、黄色の可愛らしいリボン。
どう見ても、プレゼント。
でも、なんで忍足が私にこんなものを渡すのかが分からない。
ただ黙って差し出されてもを受け取る理由もないから、私はじっとそれを見つめていた。
「テニス部の二年に、鳳っちゅうヤツがおるんやけど、しっとる?」
鳳?
顔を見れば分かるかもしれないけれど、名前は聞いたことがなかった。
「その、鳳くんがなんなの?」
「のことが好きなんやて。でも、自分じゃどうしても恥ずかしいからって、俺にこんなこと頼んできてん」
……………………。
呆れて、ものも言えなかった。
頼まれれば、忍足はなんでもするんだろうか。
「これを、に渡して欲しいんやて」
……例えば好きな人に告白したいって思うとき。
今どき、女だって人に頼ったりなんてしないと思う。
自分の気持ちは、自分にしか伝えられない。
他人を通してそれを伝えるなんて、どれ程の思いが届くんだろう。
花屋さんに花を届けてもらうのとはわけが違う。
「忍足は、頼まれたらこんなこともするの?」
心の中で荒れ狂う怒りを必死で押し留めて、箱を差し出す忍足に問いただす。
「可愛い後輩が悩んでるの見ておったら、つい力添えしてやりたくもなるやん」
…………。
つまりは、そういうこと。
可愛い後輩の気持ちには気付いても、私のことなんて、これっぽっちも気付いてくれない。
「悪いんだけど、受け取れない。それ」
凭れていた鳥居から身体を起こし、ハッキリと忍足に言った。
「なんでや?」
「好きでもないし、よく分からない人から、そんなの貰えるわけないでしょ」
それだけ告げて階段を下りようとした。
そんな私を大声で呼び止める。
「長太郎のことなら、これから知ってけばええやろ?」
……。
鈍感で、
お人好し、
後輩思いだけど、
私の気持ちなんて、なんにも気付かない。
「順序が逆じゃない」
振り向きもしないまま、そう言い放つ。
「っ、彼氏がおるんやないやろ!?」
…………。
この言葉で、堪えていたものがプツンと途切れた。
下に降りていた足を再び上に向ける。
「彼氏がいなくても、好きな人がいるとかって思わないわけ?」
自分でもビックリするほど、低い声が漏れた。
「後輩思いの忍足クンは、クラスメイトのことは平気で傷つけるんだ」
忍足まで、あと二段。
「?」
私は忍足のことを、【クン】付けで呼んだことなんてただの一度もない。
不審そうな声を上げて、忍足は私を凝視していた。
「そんなに私のこと嫌いなんだ?」
あと、一段。
「なに怒ってるんや」
「別に、怒ってなんてない」
「よお言うわ、めっちゃ怒っとるやんけ」
そして、再び忍足の元に戻った。
「一つ、教えてあげる」
!?
不思議と怒りは薄れてきて、私はこれからのことなんてなにも考えられないでいた。
きっと、壊れていたんだと思う。
昨日、忍足を見たときから。
「さんはね、眼鏡をかけた関西弁を喋る、無神経な男が好きなんですって」
口元にうっすらと笑みさえ浮かべて、少し高い位置にある忍足の口唇に、強引に自分の口唇を重ねた。
目を見開く忍足を尻目に、私はゆっくりと瞳を閉じる。
馬鹿だ、私……。
これでもう、後戻りはできない。
触れている口唇は熱いのに、心の中は凍えるように冷たい。
呆然としている忍足から離れると、そんな忍足の手元から小箱が落ちた。
鳳くんに、罪はない。
でも、こんな女を好きになるくらいだったら、他にも可愛くて気立てのいい子はたくさんいる。
落ちた箱を拾い、潰れてしまった角をそっと整えた。
「冗談よ、今の」
ツキン、と胸が痛んだ。
「忍足みたいなアホ、好きなわけないじゃない」
身動きせずに私をじっと見ている忍足に、背を向けて言った。
「新年早々ご苦労様。これ、貰っていくから……」
ズキ、ズキッ……。
胸は痛むし悲しいけれど、不思議と視界は歪まなかった。
きっと、忍足が私のことをなんとも思ってないって分かったからだと思う。
ゆっくりと然程長くない石段を下りて、私は来た道とは反対側に向かって歩いた。
行く先は、もう決まっていた。
テニスコート。
まだ年も明けたばかりだし、いくらなんでも部活なんてやってるはずがない。
でも、もしかしたらテニス部の人がいるかもしれない。
バイト先からでも、歩いて十五分と離れていない学校。
時期が時期なだけに、さすがに正門もしっかりと閉じられている。
私は裏門に回って、守衛さんたちが専用で出入りしている門扉に手をかけ、中に入った。
枯れた並木道を進み、右手前方に綺麗に整備されたテニスコートが現れた。
そこには、レギュラージャージに身を包んだ三人の男の子たちがいた。
期待なんてさほどしていなかったから、少し驚いた。
「あの……」
なにやら話し込んでいる三人の傍に近寄り、フェンス越しに声をかける。
「あーん?」
「あ?」
「あぁっ!」
同時に三人の声が重なる。
高飛車な態度をとっているのが跡部くんで、横にいるのは宍戸くん。
そして……その前にいる子は、見たことのない顔の子だった。
「二年生の鳳くんっていう子の、お宅の場所か電話番号を教えて欲しいんですけど」
「「鳳?」」
跡部くんと宍戸くんの声が、もう一度重なる。
二人して嫌そうに顔をしかめると、私に向き直った。
「鳳になんの用だ?」
腕組をして、斜め上から見下ろされる。
やっぱり、跡部くんは女王様のようだと思う。
なんてったってこの態度だ。
「話したいことがあって」
「だとよ、鳳」
私の言葉に続くように、跡部くんは宍戸くんの横に立っている男の子に向かってそう言った。
「あ、自分が鳳ですっ」
どこか可愛らしい、弟のような雰囲気の子だった。
私なんかを好きになる辺り、美的センスはどうかと思うけれど。
「あのね、さっき………………」
当り障りのないところだけ、鳳くんに告げる。
「だからね、君からのこのプレゼントは受け取れない」
その言葉に、鳳くんは熱心に弁解をしてきた。
「自分で渡さなかったからですか?」
とか、
「こういうのはお嫌いですか?」
とか、
「忍足先輩がなにか言ったんですか?」
とか……。
まぁ、最後は当たらずともだけれど、でもやっぱり、彼の真摯な気持ちにこたえるべき価値が私にはない。
肩を落とす鳳くんに、私は小箱をそっと返そうとした。
けれど、
「俺のことは気にしないで下さい! でも、それは先輩に似合うと思って選んだものなので、やっぱり先輩に持っていて欲しいんです」
律儀にお辞儀までされて、私は対応に困る。
いい子だ、凄く。
真っ直ぐで健気で。
「……答えられないけど、いいの?」
念を押すように、私は聞き返した。
「はい」
はっきりと、鳳くんは顔を上げて言った。
お礼を言って、コートから立去ろうとした。
実際、鳳くんからは随分と離れたところまでは来ていた。
「おい」
呼ぶ声につられて足を止める。
「なんで、鳳の告白を断ったんだ?」
尋問するかのように、やっぱり不遜気に私を見つめ、跡部くんがやってきた。
……………………。
「秘密」
「のほんな無口なところも好きやけど、もうちょっと素直になった方が、他の男の人気も上がると思うねん」
ふと、忍足に言われた言葉が頭に浮かんだ。
別に、人気なんて上がらなくてもいいし。
寒空の下、私はゆっくりと学校を後にした。
初詣で願ったこと、
願いかけたこと……。
やっぱり、叶うわけないんだ。
.....the end....
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お疲れ様でした(^^;
こちらのサイドは、バッドエンディングのストーリーです。
鈍感な忍足に、ぜひ、鉄拳などを食らわせてやって下さい(^^;
長太郎くんは、とってもいい子で、勿体ない役柄でした;
すみません、後半なんて、忍足くん殆んど出ず終いで。
それでは、今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
2003/1/16
====【おまけ】===============================================
長太郎:「……先輩……」
忍足:「ん? 長太郎、元気ないやん」
跡部:「……忍足、お前は向こうに行っていやがれ」
忍足:「はぁ? なんでやねん」
跡部:「あーん? 俺様の命令が聞けないって言うのか?(睨み)」
忍足:「わ、分かったわ…」
跡部:「長太郎、のことはきっぱり諦めるんだな」
長太郎:「跡部先輩……分かってます……でも……」
跡部:「あ?」
長太郎:「先輩、忍足先輩のことが好きならしいんです……」
宍戸:「……マジかよ」
跡部:「忍足を、か?」
長太郎:「……はい」
跡部:「……忍足っ! グラウンド五十周、行って来い!」
忍足:「はぁ!? んな横暴な!」
跡部:「……行け」
忍足:「最悪やわ、なんで俺だけ……(部室から出て行く)」
宍戸:「なんで、忍足ばっかりモテるんだよ」
管理人:「それは、私が好きだからです……」
跡部:「あーん!?」
管理人:「……(逃走)」
長太郎:「グス……」
以後、長太郎の傷心トークが続く。
もちろん、忍足は日が暮れてもグラウンド;
ちなみにちゃんは、この後、跡部くんと付き合うって言う裏設定もあったりします、この話(笑)
後編の最初で、忍足が電話していた相手は、一応、
跡部くんの妹って言う設定辺りで、よろしくお願い致します(^^;
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