ソファに座り新聞を読んでいる瑛に向かって、食器を洗いながら麻澄は声をかける。
「昨夜、電話聞いてきてくれたの?」
「電話?」
なんの話をしているのかと疑問に思った瑛は読み途中の記事から目を上げ、対面式のキッチンにいる麻澄の方を振り向く。
「えっ? 違うの?」
あの後留守電に気付いたから寄ってくれたとばかり思っていた麻澄は、瑛の反応に驚く。
「なんだ、電話したのか?」
「うん。夕方……メッセージ残しといたんだけど」
「あぁ、電源切っていたんだ。向こうから電話かかってくると面倒だからな」
「そう」
あのメッセージをまだ耳にしていないどだ……そう思う一方で、麻澄は瑛自身の気持ちでここまで来てくれたことをとても嬉しく感じていた。
自分を気にかけていてくれたことに喜びを隠せない。
ただ、随分と遅くなってから来た瑛が連絡をくれなかったことが残念だったが。
最後のグラスを洗い終え、ようやく一段落つけると思いリビングに目を向けた麻澄は、そこに瑛の姿がないのに気付いた。
「あれ?」
いつのまにいなくなったんだろう?
カバンはさっきと同じ場所に置いてあるため、出て行ったわけではないらしい。
「瑛?」
さほど広くない麻澄の部屋の中だ。
麻澄は残りの二部屋を覗いてみたがどちらにも姿はない。
トイレとバスルームからも、人のいる気配は感じられなかった。
再びリビングへ戻ってきた麻澄の耳に、不意にベランダの方から低い強張った声が飛び込んできた。
どこか険しい面持ちのまま電話をしている。
「なんだ……電話か」
どこかに出かけるのであれば一言くらい声をかけるはずなんだ……心配性の自分を笑いながら、麻澄もソファに腰をおろし新聞を手に取る。
瞬間、いつもの瑛からは想像もつかないような大声が響いた。
麻澄の身体に、反射的にビクッと震えが走る。
なにごとかとベランダを振り返ると、その視線に瑛も気付いたようで急に声のトーンを落とす。
数回言葉のやり取りをして忌々しげに電源を切ると、瑛は部屋へと戻った。
どこかいつもの彼らしからぬ様子に言葉をかけるのもためらわれた麻澄は、黙って平静を装いながら新聞に目を落とした。
だが、心の中では瑛のことが気になって仕方がない。
やがて、窓際にいた瑛が自分の背後に立っていることに気付いた。
開いているスポーツ欄の記事を目で追ってはいるが、全く頭に入ってこない。
首筋に瑛の視線を感じたままその沈黙に絶えられなくなり、静寂を破るように麻澄が口を切った。
「なんか今日の瑛、変だよ。どうかした?」
返事をするように、そっと瑛の腕が麻澄の頭を抱き寄せる。
「悪い……」
「謝んなくったって……。ただ、いつもらしくないからさ」
上を向いて瑛の顔を覗き込む。
苦笑いをしながら、瑛はそっと麻澄の唇に指を這わせた。
「俺らしくない?」
「仕事が休みだなんて言ったりするし、なんかイライラしてる感じがして」
不安げな眼差しで見つめられ、瑛は戸惑う。
いつ、言うべきか……そればかり、昨夜から考え続けている。
今日が麻澄の誕生日だとわかっているからこそ、さらに言い出し難いところもあった。
しかし、今日でなくてはならないのも事実で。
「瑛…? 大丈夫?」
黙り込んでしまった瑛を見た麻澄は身体の向きを変え、瑛と真っ直ぐ向かい合う格好をとった。
「少し休んだら? 今日休みなんだったらゆっくりしたほうがいいよ。それでなくってもいつも休みなく働いてるんだから。待ってて、ベッド直してくる」
そう言ってソファから離れた麻澄は、するりと瑛の腕を潜り抜けてベッドルームに向かった。
朝方まで自分が眠っていたために随分と崩れてしまったシーツを外し、糊の効いた新しいものと交換する。
枕を数回叩いて整えた後、綺麗に掛け布団をまとめて再びリビングに戻った。
「お昼ぐらいになったら起こすからさ、ちょっと寝てきなよ」
いつのまにかソファに座り込んでいた瑛の横に行き声をかけると唐突に腕を掴まれ、麻澄はそのまま瑛の腕の中に抱えられた。
「なっ……なに!?」
驚いて身をよじろうとするが、きつく抱きつかれているために身動きが取れない。
「瑛っ……ちょっ……」
言葉ごと口唇を奪われ息もできなくなるほどきつい口付けに、次第に麻澄の身体から力が抜けていく。
「ふっ……んっ……」
瑛は啄ばむように何度もキスを重ねながら、麻澄の身体を横たえていく。
唇は瞼から耳朶、さらに首筋へと徐々に下に降りていった。
火照った顔を押さえながら麻澄は抗議の声を上げる。
「やっ……なんでこんなところで」
瑛の顔を手で押さえ身体から離そうとするが、きつく首筋を吸われ、さらに耳元に掛かる吐息の熱さを感じてしまい、抵抗と言う抵抗にすらならなかった。
「話を、聞いて欲しいんだ」
麻澄の着ている大きなシャツのボタンを上から一つずつ外していき、次第に露になってくる白い素肌に触れながら、瑛は苦しそうに言葉を零す。
「き、聞くからっ……! だから、もうっ……これ以上触んなっ……あっ……」
まるで抱き合うことで気を紛らわすかのように、瑛は執拗に麻澄の身体に触れる。
固く尖りはじめている胸の突起を摘み上げ、もう一方には柔らかな舌と唇を這わせると、麻澄の口からは喘ぎ声しか発せられなくなる。
快感のあまり、麻澄の背筋に寒気が走った。
「……よう……っ」
名を呼ぶ声と共に瑛の髪に触れ、やさしく撫で上げた。
性急に求められることに慣れていない麻澄だったが、慣れないながらも懸命に答える。
このような場所で快楽を追うことを羞じながらも、今の自分にできることは少しでも瑛の気持ちを汲み取ってやることだと、自らにに言い聞かせて。
濡れた口元が再び麻澄の口唇にあてがわれる。
「っ……ん」
動くたびに微かに漂う瑛の香りに酔いながら、優しく入り込む舌に自分の舌を絡み合わせた。
「麻澄……」
ささやく瑛の声が、なにかを訴えるように重苦しく麻澄にのしかかる。
「話して? 瑛が言いたいこと……」
口唇をわずかに離し、瑛の耳元で囁いた。
「なにを、迷ってるの……?」
しかしその言葉を聞き流し、さらに瑛は手を麻澄の下半身の方へと持っていく。
その手でそっと足の内側を撫で上げると、麻澄の身体は微かに跳ね上がった。
「やっ……」
その間にも甘い口付けは続く。
静かな室内に響き渡る麻澄の上がった呼吸音と、淫靡な水音。
与えられる心地よさに身を委ねている間に、麻澄のジーンズのボタンは瑛の手によって外され、そのまま足首の辺りまで下ろされた。
まだ陽も高く昇っていないため、部屋の気温も心なしか低いはずなのに、麻澄の身体は快感からくる熱を持て余していた。
――こんな場所では駄目なのに。
そう思ってはいるものの、言葉には出せない。
――その手で触れて欲しい……。
その思いの方がより強く体中を支配してしまっていた。
下着に手をかけた瑛の手が、少し勃ちあがっている麻澄のペニスを捉える。
「はっ……ぁ……」
切なげに身をよじり瑛の手に自らのものを摺り寄せるような動きをすると、それを見咎めるかのように瑛のからかう言葉が耳に入った。
「気持ちいいか?」
「んっ……ん」
麻澄は小さく首を縦に振ると、更なる愛撫を求めて瑛に抱きつく。
「もっ……として?」
自分がなにを言っているのかすら分かっていなかった。
その言葉を聞いた瑛は、震えている麻澄のペニスを口に含んだ。
「ああっ……ぁっ」
暖かな舌の感触が耐えられない。
根元から鈴口にかけて、柔らかな口の粘膜が包み込むようにして上下する。
刺激を与えられる麻澄もそうであったが、口蓋を擦られる感触に、瑛もまた心地良さを感じていた。
快楽の証として溢れ出る先走りの蜜を舌先で舐めあげられれば、麻澄の声は更に甲高くなり、快楽を求めるものへと変わっていく。
「やぁっ……んっ……あぁっ」
一度唇をそれから離した瑛は、血管を浮き立たせさらに固くなっているペニスの根元を、親指と人差し指を使って優しくしごきあげた。
堰を切ったように溢れ出す透明な液を、口を窄めてきつく吸い上げられて刺激を与えられると、身体中の熱が一気に込み上げていくのを感じてしまい、麻澄は涙ながらに訴えた。
「だっ……駄目っ……んぁっ……出ちゃうっ……」
咄嗟に身を引いて瑛の口元から引き離そうとした麻澄だったが、それを止めるように赤黒く膨張した欲望を甘噛みされてしまい、たまらずに一際切なげな声を上げると、そのまま瑛の口内に迸りを放った。
視線が空中を彷徨い一点を見据えることすらできなくなり、瞳に涙を滲ませ肩で荒い呼吸を繰り返す。
そんな様子を見つめながら、大きな手のひらで麻澄の頬を包み込み、瑛は額に優しく口付けた。
脱力しきった状態で力なくソファに横たわっている麻澄の身体を抱え上げた瑛は、先ほど麻澄自身が綺麗に整えた寝室に向かう。
ふわりとベッドの上に麻澄を降ろし一糸纏わぬ姿にすると、さらに執拗な愛撫をしはじめた。
しっとりと汗ばんだ肌を撫で上げ、それだけで感じてしまっているのか、固く尖っている乳首を口唇で刺激する。
「もう……触るなよ……」
ブランケットを引き寄せて麻澄は中に逃げるように潜り、瑛が中に入ってこられないように身体を丸め込んだ。
「話してって……言ったのに……。なんで話をそらすんだよっ」
呆気なく一人昇り詰めてしまったことに対して、そしてそれをやった瑛に対し、責めるように声をあげる。
「人が心配してるのに、こんな……身体で黙らせるみたいなことして!」
中で泣いているのだろう。
ブランケット越しに肩が震えているのが瑛の目に付いた。
「麻澄……」
「そんなに……オレって頼りないのかよ……。瑛の力に、なれないの?」
小さくなる声に反応するように、瑛は麻澄の頭があるであろう部分に触れる。
「……麻澄……」
「っ……名前ばっか呼んでないで、なんとか言ったらどうなんだよっ!」
何度も瑛が思っていることを聞こうとしたがはぐらかされてしまい、いい加減我慢の限界になった麻澄は、自分からかぶったブランケットを剥いで瑛に向き直った。
「やっと出てきた」
頬を濡らしている麻澄を見るなり、瑛は微笑んだ。
麻澄を組み敷くような体勢を直し、ベッドに腰掛けるように瑛は座りなおす。
「悪かった……。泣かせるつもりはなかったんだ。昨夜ももう少し早く来れると思っていたんだが、結局お前に辛い思いをさせてしまって……」
「瑛?」
苦しそうな表情で話し出す瑛を見て麻澄は起き上がる。
「言いたくないことだが、お前には分かってほしいんだ……」
なにに対してのことを分かって欲しいと言っているのか、麻澄には伝わらない。
そっと瑛の腕を掴みながら、麻澄は恐る恐る尋ねる。
「なにを、言いたいの……?」
口ごもる瑛を見て麻澄の表情も固くなっていく。
遠くに転勤になった?
結婚でもする?
それとも、もうオレのこと嫌いになった……?
聞きたいけれど聞けない言葉が、麻澄の脳裏を駆け巡る。
だが、麻澄の予想に反して瑛の口から語られた言葉は、意外なことだった。
next.....「君に声が届くとき(6)」

別館掲載時には、当り障りのない隠語(なんだそれは…(^^;)で書いていた前戯でしたが、今回、あまりにも普通に使われているそれらを使って書き直しております。
昔はあれでも相当恥ずかしくなって書いていたものですが……。
幾分書き足しておりますので、少しは楽しんでいただけるかな?
もともと、あまりセックスシーンをメインにして書いていこうと思っているものではないので、他サイトさまの恋人たちのような甘い雰囲気は出せていないと思いますが、
今の私にはこれがいっぱいいっぱいです(^^;
それでは、今回もお付き合いいただきましてありがとうございました。
次も大幅に加筆しています。
……肝心なところよりも、そっちの描写の割合が多いかも。
2004/1/30
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