『マッスル★ホットスプリング〜下僕道邁進中?』

 大気をとどろかす段雷が五回、晴れ渡った雲ひとつない勿忘草色の空に鳴り響く。
 音と共に白煙が同じ数浮かび上がり、空に煙の雲が続いた。
 聖都エルザードの北西部に突如として現れたのは、世の女性を虜にする効能が豊富に取りそろえられている“アレ”である。
 本日、その出現物の横に特設会場として設営された巨大な簡易テーマパーク内で、世にも恐ろしい……否、素晴らしい催し物が開催されることとなったのだ。

【ソーンラブラブ胸キュンシリーズ☆番外編タッグアニキ第九弾★ビューティクィーン下僕ナマ絞りギラリマッチョ☆伝説の聖筋界つるるんお肌筋ビームゲッチュバトル筋大会★〜美の怨念は天の怒りをも越えマッスル〜】


 ビューティクイーンと下僕。
 この言葉を耳にして黙っていられるはずもない女王様が一人。
 さらに“アレ”の所有権が優勝者に与えられる賞品ともなれば、参加をしないなどということはありえないだろう。
「んっふっふ。この私にふさわしい賞品だわね。まさしく私のために発見されたようなものよ“コレ”は。下僕を引きつれて、参戦してあ・げ・る」
 都のあちらこちらに貼られた参加者募集の張り紙を目にしたユンナは、くびれたウエストに片手をやり、右手の甲で口元をそっと隠しながら、らんらんと瞳を輝かせる。
 その気迫のオーラに、隣で参加条件を読んでいた女性が一人、早くも辞退を決意していた。

「俺は別にビューティじゃなくてもいい。まあ、“聖筋界つるるんお肌筋”ってぇのは気になるが」
 突如現れた女王様ユンナの強制的な誘いに嫌な予感を察知したオーマ・シュヴァルツは、薬瓶に脱脂綿を漬けているピンセットを止めると、先手を打つようにユンナの提案をつっぱねた。
「あらーあ、ずいぶんな言い草ね。今回の優勝賞品がなにか、知ってて言っているのかしら?」
 めずらしく患者のいない治療室の簡素なベッドに腰をおろしたユンナは、ほっそりとした白くそして日々の涙ぐましい丹念な手入れの行き届いた美脚を組み、得意げに語った。
「賞品?」
「そう。“アレ”の所有権ですって。収入は恒久的に期待できると思わない? まあ私は私の美しい肌のために自分専用のを一個作ればいいから、残りはあんたにあげるわ。良い条件でしょ?」
 本当ならば語中で“自分専用の超巨大なアレ”と言いたかったが、ここは一つ下僕を上手く引きずり込むためにも、と、ユンナはあえて謙虚な態度をとる。
「収入が恒久的、ねぇ」
 家計が火の車状態のオーマとしては、主夫としてこれほど美味しい話はないのであるが、タイトルが気がかりでならないのである。
 なにしろ、【ビューティクイーンと 下 僕 】だ。
 誰が美の女王様で下僕の役割だなど、考えるまでもないわけで――。
 そこがどうしても腑に落ちないため、どこか疑い深い面持ちでユンナを見るオーマ。
「そう恒久的。というわけで、行くわよ、今すぐ。さあ早く! もちろん、拒否権なんてあるわけないんだけれどね」
 抵抗する間もないまま、オーマはユンナにぐいぐいと腕を引っぱられて会場へと強制連行されていった。
 彼の嫌な予感が、嬉しくないほどに的中してしまうとは思わぬまま――――合掌。
 

 空に浮かんでいた白煙が蒼に溶け込んでいこうとしたちょうどそのとき、さまざまな思惑と野望を胸にしまいこんだ数えきれないほどの魑魅魍魎(失礼)女性たちの合間をぬって、エルファリア王女が姿を見せた。
 柔らかな物腰でオーマとユンナの前へやってくると、美しい純白のマーメイドラインのドレスを軽く持ち上げ、そっと会釈をする。
「まあ、お二人もご参加くださるのですね。わたくしも観戦が今から楽しみですわ。ぜひとも、今回我が王室機関が発見しました超絶美容に良い効能のある源泉げっとを目指して、頑張ってくださいね」
 ふふっと艶やかな笑みを見せるエルファリア王女の言葉に、しぶしぶ付きあわされて来ていたオーマのテンションも次第に上がりはじめてくる。
「おう、まあ見てな。この俺さまにかかりゃ、源泉でも温泉でもつるるんお肌筋ビームだろうと簡単にゲット間違いナシよ」
 ソサエティ本部がソーンにない状態では、あちらでの任務をあれこれ果たしていても給料はまったく入ってこない。
 家計火の車アニキ脱出腹筋親父愛ドリームに目覚めたオーマは、メラメラと闘志を燃やしていた。
「まあ、お心強いお言葉ですこと。ねえ、ユンナさま?」
「んっふ、そうですわね王女さま。さぞかし頑張ってくれることと期待しています」
 くすくすと含みのあるどこか不気味な笑みを絶やさないユンナの姿を見てしまい、つい大口を叩いてしまったオーマは死ぬほど後悔をしたい気持ちになったが、女王様を前にしては口が裂けても言えそうになかった。


 「今回の王室公認イベントでは女性なら誰でも憧れる、美・美・美っ! 美へのさらなる高みを目指していただこうと、スペシャル豪華な賞品をご用意しております! 我こそは美の伝道女王と言ううら若き女性の皆々さまと下僕の諸君、健闘を祈ります!! 優勝までの道程は二つ。ひとつはビューティクイーンの皆様にご参加いただく、美肌効果たっぷりスキンケアグッズ詰めこみ対決! 下僕の方々には、クイーンのためにどこまで忠実な姿をみせられるのか!? 耐久温泉浴対決を勝ち抜いていただきます。さーて皆さまがた、それぞれの会場にお進みくださぁーい」
 参加の必須条件である“うら若き女性”かどうかである項目に確実に引っかかっているユンナであったが、そこはそれであれである。
 たとえ大台直前の九九九歳であろうと、外見作りには余念のないユンナだ。
 ピッチピチの恐いものなしな十八歳のお肌に乙女精神は、誰であろうと暴けまい。
 ド派手な豪華絢爛の金衣装に身を包んだ司会者の熱い説明を聞き終えた参加者一行は、二つの会場に進んで行く。
 ユンナは、「温泉に入れるぜー」などと呟きながら闊歩しているオーマの襟首を引っ張ると、その巨体を力任せに引っ張って屈ませた。
「いいこと? 絶・対・に、優勝するのよ」
「お、おう。ユンナも連中に負けるなよ」
「私の心配をするだなんて、いったいどれだけ余裕があるのかしらね。余計な心配は結構よ。とにかく負けたりしたらどうなるのか……分かるわよね★」
 笑顔全開の裏側にあるドス黒いまでの素敵な美への執念を感じたオーマは、命の危険を感じつつもなんとか言葉を返した。
「まかせとけ」
 かつてない危機を感じさせるバトルとなりそうだと、オーマは人知れずこっそりと小さなため息を漏らした。

 ビューティクイーン側の競技種目である詰めこみ対決の会場には、すでに色々なサイズのスキンケア用品が巨大なワゴンに山積みに用意されていた。
 もちろん、袋詰した品々はお持ち帰り可なわけだが、ユンナの目的はそれだけではない。
 あくまでも最終目標は“超絶美容に良い源泉ゲット”なのだから。
「優勝ハ私ガイタダクワ。世ノ美ハスベテワタシノタメニ……」
 参加者全員に手渡された一枚のビニール袋を片手に戦略を練っていたユンナの隣で、なにやら奇妙なカタコトを喋る人物がいた。
 発言内容にたいそう不満を抱いたユンナは、相手の顔を拝んでやろうと幾分目を細めて振り向いた。
「……なっ、」
「ダッテ私ハウォズイチノ美女ナンダモノ」
 ユンナからしてみれば自分のほうが数百万倍美しい(否、比べることすら問題外)と言い切りたいところだったが、どうせ自称でしょう――と、女ウォズの言葉にはあえて反応をしなかった。
「ソウオモワナイ?」
 確かに異形の姿が多いウォズの中では、まだ人型に近い姿ではあるこのウォズではあったが、これを美として認められるかどうかはまったくの別物だ。
 しかし、自分を美女だとのたまわりさらには同意まで求めてくるこの女ウォズに、こと美に関して心と器量の狭いユンナはとうとう面と向かって対峙してしまう。
「思わないわね。ソーンでもゼノビアでも一番美しいのはこのわ・た・しよ。おわかり?」
「イイエ、美シイノハワタシ」
 不毛とも見受けられる言い争いを続ける二人を背後に、会場では対戦のゴングが鳴り響いた。
「袋が破れた時点で失格となりまーす。判定はグラム数で判断しますが、同じ重さだった場合は袋に入っている賞品の数で比較しますから、皆さん色々と頭を捻って詰め込んでくださーい。では、スタートっ!!」
「……いざ、勝負!!」
「……イザ、勝負!!」
 負けてなるものか! と、ユンナはビニール袋を指先で伸ばせるだけ伸ばした後、ワゴンに突入していったのだった。

 一方こちらは下僕集団ご一行。
 恐ろしい女王様たちに怯えながらも、下僕の皆さんはこれ以上の恐怖を味わわないためにもある意味で必死だ。
 無論、オーマも例外ではない。
「家計のために参加したはずだってぇのに、なんだかユンナのためにやっている気がするのは気のせいだろうか」
 男たちがそろいも揃って裸になり仮設温泉に浸かりきると、こちらも妙にテンションの高い司会者の声が響き渡った。
「下僕の皆さんには、これから文字通りの“耐久対決”に入っていただきまーす。ルールは簡単。温度の上昇していく温泉の中に、どれだけ長く浸かっていられるかでーす。ビューティクイーンの皆さんが羨むような美肌になれること間違いナシ! 心ゆくまでご堪能くださいませー。では、加温スタートっ!!」
 前方に姿を現した巨大モニタには、現在の温泉の温度三十七度を示す数字が大きく表示されている。
 体温とほぼ同じ温めの湯に浸かっていた下僕たちは、自分たちの不憫な境遇を自慢しあうかのように、手ぬぐい片手に嘆きあっている。
「オレよ、負けたら母ちゃんに小遣い一年カットされちまうんだよ」
「僕は家を追い出されてしまいます」
 温度は五分おきに二度ずつ上昇していく仕組みとなっている。
 開始から三十分経過。
 いよいよ五十度を超える域に突入寸前である。
 最初は数百人といたはずの男たちは、今では片手で数えきれるほどの人数になりつつあった。
「わしは負けたらヘソクリを全部横取りされてしまうんでのう。老後の楽しみを奪われるのは辛いからのう」
 体力がありそうな若者が多数残っているかと思い辺りを見まわしたオーマは、自分以外が皆老人であることにはじめて気づいた。
 日頃から温泉慣れしている彼らには、三十分ほどの入浴であろうと高めの温度のお湯であろうとそう問題はないようだ。
 しかしそろそろ熱くなってきたな。
 俺様のお素敵メラマッチョ筋肉たちも、汗噴出し状態じゃねぇの。
 自分の素敵胸筋にうっとりしながらも、オーマはちらりとステージに目を向けた。
 それもそのはず。
 モニタの表示温度は、ついに五十五度を超えてしまっていた。
 さすがの老人たちも、一人、また一人と音を上げて脱落していく。
「はいー、なんと開始から五十分が経過しました。只今の温度は五十七度! 私もちょっと触ってみましょうかね。どれどれ。うああぁあっっーーーーー熱ぅぅぅううううううううっーーー!! あああ、手、手が真っ赤にーー。あ、ありえません、この温度の湯に浸かっているだなんてー!」
 一人コントをやっている司会者はさておき、大変なのは中にいる下僕たちである。
 といっても、残りはオーマと先ほどのヘソクリ話をしていた老人だけだったが。
「やばいな。そろそろ俺も脳内にピンクのもやがかかりはじめてきやがった。じーさん、頼むからさっさとギブアップしてくれ」
「ふぉっふぉ。そうじゃのう、もうちょっとはいけそうじゃのう」
「頼むーー! ここで出たら俺は……確実、ユンナに殺される!」
 茹だりはじめた頬をあおぎながら老人に泣きを入れるオーマの元に、まるでその言葉に吸い寄せられたかのようにユンナが姿を見せた。
「わかってるじゃない。そうよね、優勝するのよね!? でないとどうなるのか分かってるわよね★」
 うふっと可愛いそぶりをするユンナだったが、目は……目だけは、まるで眼力で獲物をしとめてしまうような迫力があった。
「そういうおまえは優勝できたのかよ?」
 苦しまぎれに呟いたオーマの右側に、目にもとまらぬ勢いでなにかが投げ入れられた。
「この私が、得体の知れない自称ミス・ウォズごときに負けるわけがないでしょうーーーーーーー!???」
 ますます地雷を踏んでいることを理解しきれないオーマだ。
「……そうか。で、悪ぃ、ユンナ」
「なによ?」
「俺はもう限界だーーーーーーっ!!!!」
 ユンナの返事よりも先に温泉から飛び出そうとしたオーマだったが、すかさず突っこまれたユンナの蹴りによって、あえなく湯に逆戻りとなった。
「 許 さ な い わ よ 、ここまで来ておいてリタイアなんて」
 どこから持ってきたのかは知れないが、なにやら巨大な棒をオーマの肩に乗せ、ユンナはぐいぐいとそれを押さえつけてオーマの脱出を防ぐ行動に出た。
 ビューティクイーンの賞品への恐ろしいまでの執着心に、会場中が一様に静まり返り、オーマにいたっては六十度を突破した湯の中で茹でタコ寸前だ。
 実は騒ぎがおきはじめてすぐに、老人が湯から出ていたことにも気づかぬまま。


「ったくよー、上司に恵まれないときはどこに連絡すればいいっつー話だったか……」
「なにか言ったかしら?」
「い、いいえー!! めっそうもないっつーか」
 ほくほくとした満面の笑顔で優勝賞品を受け取るユンナについつい愚痴をこぼしてしまうオーマに、相変わらずの女王様発言が炸裂した。
 湯中り寸前で危うくぶっ倒れかけたオーマだったが、長時間美容効果抜群の湯に浸かっていたおかげか、自慢のムキムキ筋肉はしっとりつやつや、マッスルポーズにも力が入るというものである。
 自分の肉体美にうっとりとしすぎていたオーマの元に、その後温泉所有権誓約書がユンナから届いたのは、それから二週間も後のことだった。

「な、なに、取り分が七:三!? いやいやいや、ちょっと待てー!」(もちろん、ユンナが多い)
 抗議をしに温泉へ乗り込んでいったオーマが、まったりくつろぎ中のユンナの癇に障り散々な目にあったことは、言うまでもない話である。
 やはりこの手のイベントには散々な目にあい続けているオーマの明日はどっちだ!?


【マッスル★ホットスプリング〜下僕道邁進中?・完】


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