「わーっ、もうこんな時間!」
 新品のネットやボール、整備用のブラシなどの備品が大量に搬入されてきていて、私は倉庫で個数の確認に随分と手間取っていた。
 気付けば七時半を回っている。
 部長である跡部と、監督にはきちんと許可を取ってあるから、まさか怒られることは無いだろうけど……。
 とりあえず戸締りをしっかりと確認して、数字だらけのファイルを持って部室に急ぐ。
 部室棟のテニス部の部室は既に真っ暗。
「やだ、まだ人が残ってるんだから、電気まで消してくことないのにー!」
 そういえば、明日からは試験一週間前の部活休止期間に入るんだった。
 夕陽もずっと前に西の空の向こうに消えてしまった後のようで、本当に闇。
 目も悪いうえに夜目も利かない私は、鍵穴を指で確かめながら開けた。
 静まり返った部室は本当に不気味で、独り言を喋る勇気も無い。
 だって、誰も居ないのに返事が返ってきたりしたら恐ろしいじゃないの〜!
 殆んど涙目になりながら、大急ぎで着替えを済ましてカバンを抱えて部屋を出る。
 電気を消した部屋は外と同じく本当に真っ暗で、月明かりもないから尚のこと。
「もー、本当恐いかも……」
 震える膝を押さえながら部室棟の階段を下りていくと、なにやらボールが転がる音が響く。
 ……なんで?
 だってここに来るとき、誰も居なかったじゃないっ。
 なのに、どうして!?
 駄目なの、本当にホラーとかオカルトとか、幽霊とか、超常現象とか弱いのーーっ。
 とにかく見るのも聞くのも恐ろしいから、カバンを脇に挟んで、両耳を塞いでグランドを走り抜けようとした。
 瞬間、なにかに肩を叩かれる感触がして、あまりの恐怖に場所をわきまえもせず悲鳴をあげて、気配のあった後ろ側に向って闇雲にカバンを振り回してから、もう一度耳を塞いで、外灯の灯っている正門を目指して全速力で走った。
 ありえないっ。
 ありえないーーーっ!!
 なんだったの!?
 も、もしかしなくても……幽霊……。
「ヤダーーーっ」
 振り返る勇気さえも無くって、死にもの狂いで門の見えるところまで走る。
 もしかしたら、今まで生きてきた中で一番早い走りだったかもしれない。
 無我夢中で走っていた私は、途中で聞き慣れた声に呼び止められたのも気付かなかった。
っ!」
 グイッと腕を掴まれてはじめて、そこに人がいたんだということを知った。
「…………っ!?」
「どないした、なにかあったん!?」
 どこか険しい眼差しで私を凝視しているその人は、間違えるはずも無い。
「お、忍足っ!?」
 あまりの恐さに気が動転していたし、やっとのことで知っている人の傍に来れた安堵感から、不意に緊張の糸が切れて、知らぬ間に涙が零れる。
 理由も告げずに泣いている上に、黙って立っている私に余程のことにあったと勘違いしたのか、忍足は遠慮がちに、でも真剣な口調で聞いてきた。
「誰かに、なんかされたんか……?」
「……えっ?」
 意味を一瞬上手く理解し切れなくて、間の抜けた声を上げる。
「せやから、なんか……されたん?」
 その言葉が指すことを咄嗟に想像して、私は真っ赤になった。
「ち、ちっ、違うっ!」
 気持ちが悪くなるほどにめいっぱい頭を振って、忍足の誤解を解く。
「じ、実はね……」
 なんだか自分の弱点をさらけ出すみたいで凄く居たたまれない思いだったのだけれど、別の方面で勘違いされるのはもっと嫌だったから、しぶしぶ事の経緯を話す。
「……なんや、ほんまに驚いたわ、血相変えて走ってきよるさかい」
 はーっと額に手を置いて、忍足は外灯の灯る空を見上げた。
「ごめん」
 拝むように両手を合わせて、とにかく謝る。
 あれ、でも……なんで?
「そういえば、なんでこんな時間まで、こんなところにいるの?」
 部室は当に閉まっていたし、どの部も今日は早めに切り上げたみたいで、部活はおろか、部室棟全ての電気が消えていたのに。
 誰か、待ってるのかな?
「……ちょお待ってるヤツがおってな」
 あ、やっぱり。
「グラウンドにはもう誰も残ってなかったよ」
「あぁ」
 そっか、生徒会とか先生とか、そっち方面か。
「じゃ、私先に帰るから、忍足も気をつけてね」
 門壁に寄りかかっている忍足にそう告げて、私は人通りの少ない道を歩き出した。
 それにしても、ここに知ってる人がいて良かった……。
っ」
 ???
 ゆっくりとした足取りで忍足がこっちに向って歩いてきた。
「え、なに?」
「もう暗いんやし、家まで送るわ」
 一瞬なにを言っているのかと考え込んでしまった。
「……えぇっ!?」
 だってそうでしょ!?
 忍足、誰かを待ってるって言ってたんだもの。
「いや、いいよっ。家もそんなに遠くないんだし」
「ええから」
「本当に大丈夫だからっ! それに忍足、人待ってるんでしょ?」
 今日に限って、いきなりなにを言い出すんだろう。
 なんか変なもんでも食べたとかじゃないでしょうね……。
 そう思いつつ、でも口に出したらきっと怒られるだろうからあえて黙っておく。
「―――――――――」
 ぼそぼそっと呟く声が聞えたので、足を止めて後ろを振り返った。
「なにか言った?」
 カバンを右腕で挟んで、その手で肩にかけたラケットバッグの持ち手を掴みながら、忍足は微妙に視線を逸らす。
 その態度はいったい……なに?
「あ、可愛くない女。こっちがわざわざ送ってやるって言ってんのに! とか思ったんでしょ!?」
「あほか。全然違うわ!」
 今度は妙にはっきりと否定してきて、やっぱりいつもの忍足らしくなかった。
「ちょっと忍足。疲れてるんじゃないの? あんたこそ早く家帰って休んだ方がいいって」
 むしろ私の方が送っていってあげようか。
 そんな考えまで出てくるほどだ。
「……いつものことながら、ほんまに鈍いのな、自分っ!」
「は?」
 変だと思っていたら、今度は急にムッとした面持ちで怒り出した。
 ――やっぱりおかしいよ、うん。
 何気に人のこと鈍いとか言ってくるし。
 熱でもあるんじゃ?
「あのさ忍足。具合悪いんだったら私、家まで送ろうか?」
「……は?」
 さっきの私と同じように眉根を寄せて、不可解な視線を向けてくる。
「いや、だっておかしいよ? いつものあんたらしくないじゃない。私のことはいいからさ、早く家帰って休んだ方がいいって、本当」
 きっと夏風邪のひきはじめなんだ、忍足。
 ……なんか、こんなこと考えてたら本当に心配になってきた。
 マネージャーとして、見て見ぬふりはできないじゃないのっ。
 ましてやこれから、三年にとって大事な夏の大会が控えているのに!
「忍足の家も、こっちだったよね? 近くまで送るから。荷物持とうか?」
 足を止め、忍足の持っているカバンに手を伸ばした。
っ!」
 急に声を荒げて私の名前を呼んだ忍足は、中途半端に出掛かっていた手を掴んで、強引に自分のほうに引き寄せる。
 もちろんそんな動きを予想もしていなかった私は、思いっきり忍足の胸元にぶつかった。
「な、なにっ!??」
「“なに”じゃあらへんやろ。いい加減分かれや」
 その表情も気のせいではないくらいにムッとしたそれで。
 分かれって……なにを?
 って出かかったけれど、忍足の顔が恐くて飲み込んでしまった。
「お前一人で帰すの心配なんは、お前のことが気になるからやろうが」
 あまりに予想もしていなかった言葉を告げられて、開いた口が塞がらない。
「俺は好きな女を待ってて……って、普通こないなことまで言わせるか!?」
 暗がりのなかだったけれど、忍足の頬がわずかに赤くなっていた。
 どう見たって間抜けな顔をした私の姿が、きっと忍足の目には入っているだろう。
 返す言葉もない――というよりも、信じられない気持ちの方が大きかった。
「別に具合も悪くあらへん」
 釘を刺すように念を押して、私の思い違いだということを訂正することも忘れていなかった。
 放心状態だった私は、掴まれていた手を離されてようやく我に返る。
 途端、柄にもなく恥ずかしさが込み上げてきた。
 勘違いをしていたことにもだけれど、なによりも……自分が忍足に心配してもらえてて、こんな風に思ってもらえてたなんて知らなかったから。
「……本気?」
 正視するのが恥ずかしかったから、ちらちらっと盗み見るように忍足の顔を見つつ確認をとると、忍足は考える間もなく返事をしてきた。
「本気に決まってるやろ」
「…………あ、ありがと」
 よりにもよって、“ありがとう”……!?
 もうちょっと気の利いた言葉はないのか、私っ!
 口から出てしまった言葉に後悔しつつ、上からじっと見つめられて居心地が悪くなったので、半ば勢いで忍足に向って言い放った。
「わ、わ……私も、忍足のこと……き、嫌いじゃないかも!」
 言った傍からまたしても後悔した。
 “嫌いじゃない”って、なによ!
 なんで素直に好きって言わないんだっ。
 どうやら自分で認識している以上に緊張している上に、舞い上がっているみたいだった。
「それ、が俺の彼女になってくれるって思ってええの?」
 日本語として少々おかしい発言だったにも関わらず、忍足は理解してくれたようで。
「……いい、です」
 あーっ、どうしようっ。
 本当に恥ずかしくなってきたじゃない!
 こういう甘い雰囲気って、全く慣れてないんだもの。
「ほな、改めて言うわ。家まで送らせて貰ってもええ?」
 スポットライトみたいに上から降りそそぐ街頭の光の下で、忍足は私の持っているカバンを取った。
 ずるい。
 これじゃ、断る術なんてない。


 でも……。

 悪い気はしなかった。


「毎日送ってくれるなら、いいよ」
「そりゃ、もちろん。決まってるやろ?」
 はしゃいでるって思われるかもしれなかったけど、なんだかとっても嬉しかったから、忍足の腕に抱きついてみた。
「毎日な」
 優しい声を聞いて、私は胸が温かいものでいっぱいになったような気がした。
 この暗闇がなかったら、忍足と一緒に帰るなんてことしなかったかもしれない。
 この暗闇がなかったら、恥ずかしくって腕なんか組めなかったかもしれない。
 恐いのは凄く嫌だけれど、今日だけは……夜の暗さと、自分の仕事の遅さに、感謝したい。
 もちろん、待っていてくれた忍足にも。





fin...............






ぺっぺっ。
何だこの妙に甘い?ような、ふざけた話はっ!(笑)
半ばギャグ?の領域に入りつつある、夢小説ですね;
不憫な侑士に、愛の手を……(^^;

鈍感な女の子は、ある程度までなら許されますが、
ここまでいくと、「おい、ちょっと待て!!」……なカンジです(^^;
でも、何も考えずに書けて、なかなか楽しかったです。
めずらしく、妙にテンションの高い女の子で、考えてることが手にとるように分かるというか(笑)
しかし、段落変更も全く無くって、読みにくいなぁ。
おまけに、名前変換が苗字だけって…。
ごめんなさい。

近頃書いている話が、基本的に暗かったりするものばかりなので、
たまにはこういうのもいいですね。
それにしても、今リアルタイムで氷帝戦がOAされているのですが、(うちの地域は一年遅れの放送)
間違いなく、うちの忍足は捏造品だ!!
アニメ見たあと、読み返していて、
お腹抱えて笑ってしまいました(^^;
あ〜、まだ苦しいです。

タイトルの“After Dark”と言うのは、ただの思い付きです;
タイトル考えるのって一番キライだわっ。
ちなみに、この名前、ビバヒルのお店と同じなんです〜★
(言われる前に気付いた方、お友達になりましょう/笑)

今回はめずらしく…というか、初めてかな!?
忍足とヒロインだけのお話になりました。
如何でしたでしょうか?
次回は……悲恋ものの第二話をお届けいたします。

それでは、今回はこの辺で。
お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
【おまけ】のコーナーは今回も無しにさせて頂きます;


2003/12/18



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