体育祭の種目なのだから、体操服とかジャージで踊るのが普通なのかもしれないけれど、うちの学校にはこのフォークダンスに限っては妙なルールがあるらしく、全員通常の制服の着用を義務付けられている。
 一年生・二年生が体操服でいる中で、三年の全生徒が制服でグラウンドに現れる光景は、なんというか、凄く不思議な感覚。
 三クラスごとの円をグラウンドに描き、それぞれが自分たちのポジションについた。
 無理も無いかもしれないけれど、六組の例の二人と一緒になっているという時点で、三組と七組の女子たちは皆、異様に気合が入っていた。
 手の込んだメイクや髪型、指先の手入れまで行き届いている子もいるくらいだから、つくづく跡部や忍足の人気が凄いんだと再実感してしまう。
 それにこのグループには同じレギュラーの宍戸まで居るから、確かに、他の所に比べれば、すごく良いところなのかもしれない。
 うーーん、私もテニス部のマネージャーなんてやってなかったら、他の子達と同じ風にキャーキャーと騒いでいたんだろうか。



 はじめに【マイム・マイム】が流れ出し、中心に向って行くところになると、輪の中の一部の生徒が走り出すものだから、円が歪な形になる。
 私たちまで引きずられるように、早足になってしまうほどだ。
 続いて【コロブチカ】に曲が変わり、そして、もう何十回、何百回と聞き飽きた【オクラホマ・ミキサー】が流れ出す。
 一人、また一人とペアが入れ替わっていき、お目当ての人と踊れたは良いけれど、順番が通り過ぎてしまった子。
 そして、もう少しで踊れる……! という子。
 色んな表情が見えて、すごく面白い。
 もちろん、踊りそのものはかなり嫌だけれど。
 曲も終盤に差し掛かってきて、私の前の小雪が跡部と踊りだした。
 ……終ったほうが良いのか、それとも、ずれたほうが良いのか……。
 曲が終るのはあとどのくらいだろう。
 クルリと回って挨拶をした後、小雪と跡部は互いに身体を離した。
 そうして次は、当然順番なのだから私へと回ってくる。
 小雪は、跡部の次の出席番号である忍足と。
「よお。この俺様と踊れるなんて光栄だと思えよ」
 ……まったく、こんなフォークダンスをやりながらでさえ高飛車な跡部に、私は呆れてものもいえない。
 あーもう、跡部と話しているとストレスたまって疲れるのよね……。
「ホント、跡部って自信過剰すぎ」
 冷ややかにそう言う私を鼻で笑いながら、跡部は耳元で囁く。
「実力があるからこそ、このくらいのことは許されんだよ」
「……あー、そう」
 早くこのパートが終われ〜!
 なんて念じていたら、なんとここで曲が終了。
 結局小雪は、跡部のところで終ることができなくて、すごく残念そうな顔をしている。
 曲も終ったことだし、一刻も早くこの手を振り解こうとしたんだけれど、なぜだか未だに跡部に掴まれたままでいた。
 !??
「ちょ……離してよ、跡部!」
「お前、俺になんか言うこととかねぇわけ?」
 突拍子もないことを唐突に言われ、キョトンとしてしまう。
「まぁ、お前のたっての願いだって言うんなら、付き合ってやってもいいけどな。顔もそこそこだし、胸もそれなりにあるし……?」
「……はぁ!?」
 どうやら跡部は、ジローちゃんの言っていたあのジンクスのことを言っているようだった。
 っていうか、私が跡部のことを好きって言う風になっているわけ!?
 しかも話の流れ的に、放っておくと勝手に納得して、彼女にされていそうな雰囲気がある。
「……跡部。女が皆あんたと付き合いたいとか彼女になりたいって思ってるんだったら、大間違いよ!!!」
 青筋を立てて怒る私を見ても、跡部は一向に諦めようとしない。
「照れてるつもりかよ、それで」
「誰が照れてるのよ、誰がっ!」
 噛み付くような勢いで抗議するけれど、ちっとも人の話を聞いている風には見えなかった。
 端のほうから入場口・退場口に帰りだす生徒が多い中で、私と跡部のこのやり取りを見ている生徒もまた、かなりの数だった。
「皆見てるでしょ、いいからこの手を離せっていうの!」
「お前、露出趣味はねえんだ?」
「ーーっ!」
 まるで噛み合わない言い合いをしている私と跡部の間に、小雪と踊っていた忍足が割り込んできた。
「跡部、場所をわきまえたらどうなんや?」
「じゃますんなよ忍足、取り込み中だ」
 ちらりと瞳だけ動かして忍足を一瞥すると、再び私にその視線を戻す。
「三年生は入退場門の方に、急いで戻ってください」
 グラウンドに放送席から注意がかかった。
「と、とにかくここから一端出ないと。ね?」
 離してくれないのならこのまま引きずって行くしかない……と思った私は、強引に退場口の方に向って歩き出そうとした。
「ほら、忍足も戻ろ?」
 前を通り過ぎ様に声をかけた私の肩を、凄い勢いで忍足が掴んだ。
「えっ!?」

 ビックリしてなにがなんなのかも分からないうちに。

 瞬きをしているうちに。

 その綺麗な口元が、口唇に重なった。

「キャーーーーーっ!!」
 瞬間、まだこの場に残っていた数十人の女の子達の間から、凄まじい悲鳴が零れた。
 軽く重なっただけの口唇。
 でも、すごく強引なキス。
「な、なっ……」
「跡部だけやないってこと。俺かてのこと気に入ってんねん」
 惚ける私に向って言いながらも、その視線は跡部に向けられていた。
 そんな忍足の言い分に納得ができるわけもなく。

 バシッ!!!

 力一杯平手で、その綺麗な頬に手を上げた。
「っ……」
 いくら女の平手とはいえ、力任せに叩けばそれなりに威力はある。
 薄く頬を赤くさせた忍足に対して、そして、彼に手を上げた私に対して、ものすごい抗議の悲鳴が上がった。
 ……なによ、被害者は私の方なのに、どうして忍足ばっかり。
 半泣き状態になりながら、未だに私の腕を掴んだままでいる跡部の手を、強引に振り払う。
「おいっ!」
 そう呼ぶ声が聞えたけれど、とてもじゃないけど、こんな状況下でまともに話なんてできない。
 周りを取り囲んでいた女の子たちの人垣を掻き分け、私はその場から逃げるように駆け出した。


 さっきの跡部の口調といい、忍足の反応といい、どこまで本気にしていいのか分からなかった。
 もしも、私が返事をしたら……?
 冗談だったら、どんなに笑われるだろう。
 競技の続きなんてそっちのけで、私は教室に駆け込んで一人で考え込んでいた。
 というか、グラウンドに戻る勇気がない。
 跡部も忍足も、そして、ファンの子たちもいるんだ。
 いくら神経の太い私だって、そんな状況下で耐えられるわけもなかった。
「なんだっていうのよ、いったい」
 流石に体育祭の日までは部活動もないから、このままフケて家に帰ろうと教室を出る。
 当然、生徒たちは皆グラウンドにいるから校舎内は人の気配はまったくと言っていいほど、ない。
 それにしても、明日どんな顔してあの二人に会ったらいいっていうのか。
 だから、フォークダンスなんて嫌だったんだ。
 しかも、はじめてだったのに。
 未だ柔らかな感触が残る自分の口元を押さえ、俯きながら階段を降りる私の視界に、ふいに一つの影が入った。
「よぉ、人気者」
「…………なによ、跡部。文句でもあるわけ?」
「バーカ、タオル忘れたから取りに戻ってきただけだ」
「……あっそ」
 すれ違い様にそんな会話を交わし、跡部はそ知らぬ顔で私の横を通り過ぎた。
 まるで、つい今しがたのグラウンドでの出来事なんて、なにもなかったかのように。
、お前さ……」
 ふいに呼ばれ、肩越しに上にいる跡部を見上げる。
「もうちょっと冷静に考えてやれよ、忍足のこと」
 思いも寄らぬことを言われ、心臓が大きく鳴った。

 そんなこと……、

 言われなくったって……、

 口唇を噛む私を見て、
「探してたぜ、お前を」
 跡部はとんでもないことを口にした。
 嘘だ。
 忍足がそんな紳士なことするわけないじゃない。
 さっきのだって、跡部と一緒に私のことをからかっただけで、別に他意なんてないに決まってる。
 あるはずないんだ、絶対。
 顔をそむける私に対して、跡部はそれ以上口を開くことはなかった。
 一人取り残された私は、反芻するかの如く、跡部の言葉を思い出していた。

『もうちょっと冷静に考えてやれよ、忍足のこと』

 確かに、有無を言わせぬまま引っ叩いてしまったのは事実だ。
 冷静じゃなかったのも、認める。
 でも……、
 でも、信じられる?
 あの後言った、忍足の言葉を……。
 跡部ほどではないとはいえ、忍足はよく私をからかう。
にこのまま男ができないんやったら、しゃーないから俺が彼女にしてやるわ』
『岳人の方が可愛い仕草上手いんちゃう?』
 何気ない言葉で、本人は全く気にしていないんだろうけれど、そんなことばかり言われていれば、あんな言葉簡単には信じられないよ。
 返事して、
『冗談に決まってるやろ?』
 なんていい返されたら、どんな態度取ればいいのよ。
 固まったまま動かないでいる私の後ろから、再び跡部の声が掛かる。
「お前って、そういうのには鈍感なのな。ジローだって気付いてるってーのに」
 え……?
「ジローちゃんって、なに? どういう意味よ」
「意味なんてねーよ。そのまんまのことだ」
 面倒くさそうにタオルを肩にかけて、私の横を通り過ぎていく。
「忍足は本気だぜ、きっと。俺のは冗談だけどな」
 足を止めて、真っ直ぐ私にそう言うと、
「ま、頑張れ」
 やっぱり、何事もなかったかのように、階段を降りていった。
 なによ、言うだけ言ってさっさと帰っちゃうなんて。

 酷い、とか、裏切りだ、とか、自分だって悩みの種のくせに……とか、

 グルグルぐるぐる考えていたら、


 思考が完全にそっちに向いていたから、



 まさか、




 目の前に忍足が居たなんて、


 ちっとも気付かなかったんだ。






 ひんやりと、長い指が私の手に添えられているのに気付いてハッとして顔をあげれば、忍足が立っていた。
 反射的に身体が強張って、逃げ腰になる。
 絡んだ視線を逸らすこともできぬまま、時間が止まったかのように、忍足の目を、顔を、見つめていた。
 風に乗って流れてきた音楽で不意に我に帰った私は、その手を振り払おうとした。
……」
 どこか、いつもと違った声色に、更に緊張する。
 返事も返せない私は、ただ下を向いて、忍足の言葉を待っているしかなかった。
「ホンマに悪かった。つい、カッとなってしもて……」
 触れているのとは反対の手で、少し長めの自分の髪をくしゃっとかき上げると、そのまま私を腕の中に抱き寄せた。
「っ……!」
「誰にも渡したくないんや、のこと……」
 すぐ傍で、耳元で、忍足の心臓の音がドクドクと聞える。
 身体越しに……声が、響く。

 それはまるで、甘い告白。

 自分自身に向けられている言葉だとは思えない。


 だって、あの忍足が、私、を……?

「…………逆、じゃない」
 普通、逆じゃない。
 気持ちが通ってからこそ、身体を添えられる。
 そうでしょ?
 忍足の問いかけに対してのそれではなく、半ば無意識の内に、そんな言葉が口から出ていた。
「先に、言うべきことじゃない。それ」
……」
「勝手にキスして、皆に見られて……。忍足の、バカ!」
 どんっと大きく、その広い胸を叩く。
「人にこんなに考えさせて、不安にさせてっ!」
 ドンドンッと、今度は二回。
「バカ、バカっ! 忍足の変態っ、意地悪っ、アホっ!!」
……」
 何度も何度も叩く私に対して、忍足は、さっきから名前を呼んでばかりだ。
「責任、ちゃんと取ってよね!!」
 恥ずかしかったけれど、でも、ちゃんと顔を見て言いたかった。
 そうしないと、思いがちゃんと届かない気がして。
「は、はじめてだったんだから、さっきの……」
 自分でもはっきりと分かるくらいに頬や耳が熱くなって、勢いで言ってしまったは良いものの、今更ながら居たたまれない思いでいっぱいだ。
 スッと視線を外す私の耳元に、忍足の手が触れる。
 ?
 瞳を上げた瞬間、繋いだ手はそのままに、鏡が張ってある階段の踊り場の壁に背中を預けられた。
「責任ならちゃんと、とったる。せやから……」
 両腕が、逃げ場を塞ぐかのように私の顔の横にある。
「頼むから逃げんといてや……」
 ……正直、こんな忍足を見たのははじめてで。
 頼むから……なんて、そんな言葉を口にするだなんて、思ってもいなかった。
 私のことを見つめる真っ直ぐな眼差しに、その言葉に捕らわれてしまったのは、まぎれもない、この私自身なんだ。
 広げられた温かい胸に、そっと頬を寄せる。
「ごめんね。さっき、思い切り叩いちゃった……」
「気にしてへんから。俺こそ、ホンマに悪かった」
「……うん、だから、」
 そこまで口にして黙り込む私を、忍足は怪訝そうに覗き込んだ。
?」
「仲直りの、キス……」
 初めて自分から触れた忍足の口唇は少し乾いていて。
 僅かな間だけ触れていた口唇が離れ、私の口唇に塗られているグロスが、その綺麗な口元にうっすらとついた。
 我ながらなんて大胆なことをしたんだと、今更ながら緊張の波が押し寄せてきた。
 だって、忍足の口唇が、すごく……やらしい。
 自分でやっといて。
 思いがけない私の行動に、少し驚いていた忍足だったけれど、
「もう一回、せえへん?」
 言うや否や、息ごと飲み込んでしまうかの勢いで、また、重なった。
「ん……っ」
 苦しくなる寸前で離れたかと思うと、さらに忍足は、とんでもないことを口にした。
「あかん、止まりそうにない……」
 ズルズルとうずくまって、もう一度、長い口付け。
 服を脱がすとか、胸を触るとか、そんなことをされているわけではないんだ。
 ただ、何度も何度も、キスだけ繰り返して。
 数えることすら侭ならなくなって、朦朧とする意識の中で私は思った。


 忍足は、間違いなくキス魔だって……。






 いつまでも重なる口唇に終わりを告げたのは、忍足の携帯が振動をあげたからだった。
「【タイムアウトだ。さっさと戻って来い】やと。跡部からや」
 手を引いて私を立ち上がらせると、忍足は真っ直ぐに階段を降りていく。
「二人で手繋いで出て行けば、皆かて分かるやろ」
「……え?」
が誰のモノかってこと」
「えぇっ!??」
 楽しげに言う忍足の口調はとても明るい。
 分かるって、そんなことしたら、他の女の子達が……。
 表情を曇らせる私に気付いたのか、忍足はふいに足を止めた。
「誰にも、なにも言わせへんから」
 少し力を込めて握られた手に、忍足の優しさが伝わる。

 知ってたんだね、やっぱり。
 マネージャーの立場が辛いこと。
 他の女の子たちに嫉妬されないように、私が意地張ってたこと。

「ありがと、侑、士……」
 潤んだ瞳に気付かれないように、何度も大きな瞬きをして、その手を握り返す。
 頼りにしてるからね。
 信じてる。
「ほな、行こか」
 いつも見ていた彼の背中よりずっと大きく感じるそれを見つめ。
 なにより忍足の言葉を信じて、声に促されるように、私は忍足の隣に並んだ。





the end...........







相変わらず無駄に長い夢小説でしたが、お疲れ様でした。
意地っ張りというか、強気な女の子設定でしたが如何でしたでしょうか?
後半、無理矢理纏めた感じが否めませんが、お許しください〜。
これが、限界でしたっ…(涙)
えー、前回の内気な女の子とは全く対照的なタイプですが、
私としては今回の子の様なタイプが、カナリ書きやすいです(笑)
初詣のお話然り…。

設定に関してですが、こんな話がある訳はないので(^^;
第一、自分の好きな人が他の相手を好きな場合、無理な設定ですので;
あまり細かい所はお気になさらず、さらりと読み流してくださると幸いです。

今回書いていて思った事といえば、うちの忍足は行動・セリフがクサイということ(笑)
あーーもう、これは私の趣味と言うか、一種の願望!?なので、
笑って読んでやってください(^^;
それでは、今回もここまでお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

相変わらず、ちょこっとおまけもあったり……↓


2003/5/6



====【おまけ】===============================================

忍足:「悪かったなぁ、横取りする気はあらへんかったんやけど」
跡部:「ふん、よく言うぜ」
忍足:「あ、バレとった?」
跡部:「当たり前だろうが。部活中のお前を見てりゃ、嫌でも感づくっつーの」
忍足:「……ホンマかい」
跡部:「ま、あの場でお前が割り込んで来なきゃ、マジで考えてもいたけどな」
忍足:「あー、あれにはビビったわ。隣見たらお前が言い寄ってるさかい」
跡部:「俺の方がビビったっつーの。いきなりあんな所でするか、普通?」
忍足:「男は行動あるのみって言うやん?」
跡部:「はっ、俺に振るな。勝手にやってろ…」
忍足:「随分酷い言い方やなぁ。実は結構ショック受けてるんちゃう?」
跡部:「…………バーカ、んな訳あるか」

――――男同士の本音座談会??
こう見えて、実はハートブレイク気味な跡部たまなのでした(笑)



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